金継ぎのこと
8年程前から何年か、本漆の金継ぎを習っていた
欠けた器を、昔からある技法でさらに美しく蘇らせる
その工程に魅せられて
先生のおうちが遠くなったのと、
その頃は人と何時間か一緒にいるのがしんどい精神状態だったので
レッスンをお休みした
人と関わることがしんどかっただけで、
朱色の漆、本物の銀粉・金粉での作業はとてもわくわくするものがあった
手を動かすことだけを取れば、大好きな作業だ
器の雰囲気を読んで、出来上がりの景色を考えるのもよい
当時は「金継ぎを習っている」と言っても、それを知る人は周囲にはいなかった
その後、かぶれない新漆のカジュアルな金継ぎが広まり
"わたしは何年も前から注目してたのにな〜"となんだか悔しく思っていた
けれど、肌が弱く、いつかかぶれるかもしれない本漆には
潜在的に恐れを持ちながら作業していたので
新漆の金継ぎにも興味を持ち、講座を見つけて行ってみた
講座の先生はとてもエネルギッシュな方で、金継ぎの魅力を改めて教えてもらった
本/新にこだわることなく
「壊れたものを直す」
その精神が大切なのだと感じた
先生の後押しもあり
金継ぎをお仕事にしようかと本気で考え出した
その頃は関西で地震があった後で、家や親戚の家に割れた器がたくさんあった
きっと近隣の家にもたくさん直されたい器が待ってるだろうと考え、
地域の冊子に金継ぎの仕事募集の広告を出そうと問い合わせをしてみた
けれど、その頃もまた体力・精神力が少なめだったので、
お客さんとのやりとりを精力的にできるかどこか自信なく、
広告は出さずじまいに終わってしまった
金継ぎ...
わたしは金継ぎが好きだ
古くからある器も、ピカピカのものよりも
金継ぎしてあるものに物語を感じてじっと見てしまう
本漆は時間もお金もかかるけれど、人体に安全で素晴らしい技術
新漆でも、そのマインドは受け継がれている
窓辺に机を置いて、器を直す仕事をしていたら素敵だなと思っていた
今は、自分の限られた時間とエネルギーはイラストに集中したいと思ってるけど
なんだか金継ぎは昔の恋のよう、、、
大好きだったけど自己実現叶わず
わたしのいろいろな感情がうずまいている現象
うちに今、欠けたお釜と器があるから直してみようか
大好きな金継ぎと、そろそろ仲直りして一緒に暮らそうか
他のことは考えず、シンプルに手を動かす
そろそろそうやって自分に戻る時なのかもしれない